義朝の長子、十五歳の悪源太義平は東国にいたが、折から都に来ていて、清盛の帰途を、阿倍野に要撃しようという謀(はかりごと)を持っていたが、父義朝がはこの謀を許さなかったため、清盛は無事に都に帰ることもできたのである。 もっとも義平の手兵や、義…
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