春が過ぎて夏が来るとともに山上の寺のありがたさはいよいよよくわかって来た。ここは父の家から稲岡やまた母の家の倭文(しどり)よりずっと清涼で、蚊やはえのようないやなものは一つだって住んでいなかった。ただ衆僧の読経の声に和して蝉も一日中経文(…
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