木魚歳時記

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2014-01-05から1日間の記事一覧

木魚歳時記 第1270話

顔見世 京都では「南座」(みなみざ)の顔見世(かおみせ)興行が年末の風物詩となっています。顔見世(かおみせ)興行が年末に行われるのは、江戸時代より興行主が役者の契約を一年間とし、その契約を陰暦の十月に更新し、その役者の顔ぶれを披露するための…

木魚歳時記 第1269話

歌舞伎 出雲阿国(いずものおくに)が歌舞伎(かぶきの)の元祖といわれています。阿国は出雲大社(いずもたいしゃ)の巫女(みこ)であったといわれますが定かではありません。阿国が、京都の四条河原で「かぶきおどり」を行ったのが歌舞伎の始まりといわれ…

木魚歳時記 第1268話

目疾地蔵 四条大橋の東詰め「南座」の近くに仲源寺というお寺があります。人呼んで「目疾地蔵さん」(めやみじぞう)と呼ばれ信仰されています。本堂には地中から掘り出されたという地蔵さまが祀られています。日参すると目の病気にご利益があるとされます。…

木魚歳時記 第1267話

東山大谷 大谷といえば、浄土真宗の大谷霊園があるとことして知られています。さて、法然上人(ほうねんしょうにん)は、四十三歳のとき、修行されていた比叡山延暦寺(天台宗)を降りて、黒谷(現・左京区天王町)のあたりで日想観(夕日の落ちるのを眺めな…

木魚歳時記 第1266話

清水寺 清水寺は金閣寺と並んで京都観光の人気スポットです。清水寺(きょみずてら)の由来は、その名前が示すように、境内(けいだい)にある「音羽(おとは)の滝」(聖水)にあるようです。この滝に打たれて修行する人がいたり、この滝の水を運んで生業(…

木魚歳時記 第1265話

京の大仏 京都駅から、川原町通りを北に行くと「川原町正面」(かわらまちしょうめん)というバス停があります。さて、正面とは何の正面でしょうか?ところで秀吉が京都に建立したり、残したものに「寺町」「お土居」が有名ですが、その他に、奈良の大仏(十…

木魚歳時記 第1264話

八坂神社 八坂神社の祭神は、古くは牛頭天王(ごずてんのう)とされ、祇園社(ぎおんしゃ)の守り神とされてきました。ところで、それが、神仏習合(しんぶつしゅごう)によつて、スサノア(素戔鳴)とその妻クシイナダ(櫛稲田)が祭神に加わったようです。…

木魚歳時記 第1263話

日想観 日想観(にっそうかん)とは、太陽が西の空に没していくさまを観察し、もって「極楽浄土」(ごくらくじょうど)が西方(さいほう)にあることを思い定める修行方法のことです。浄土宗を開かれた法然上人(ほうねんしょうにん)は、43歳の時に比叡山…

木魚歳時記 第1262話

六波羅 大和大路(やまとおおじ)の松原を東に入ったところに六道小学校があります。六道の地名はこのありを愛宕群(おたぎぐん)と呼んだ時代よりあるようです。これは推察ですが、付近にある有名な「六波羅密寺」(ろっぱらみつじ)も、「六道の辻」も、地…

木魚歳時記 第1261話

小野篁 小野篁(おののたかむら)といえば、平安の三筆と称された小野道風(おののとうふう)を祖父に、学者として知られた小野岑守(おののみねもり)を父に、篁(たかむら)自身も学才に長けた人物であったようです。しかし、「昼間は朝廷に勤める参議、夜…

木魚歳時記 第1260話

院御所 平安京の洛中・洛外の境界をはっきり示すのは難しいようです。ただし、その東側は、鴨川を境として洛外と考えられていたようです。ところが平安中期に、白川天皇が譲位して白川上皇となり、鴨川以東(現在の岡崎一帯)に「院御所」(いんごしょ)を営…

木魚歳時記 第1259話

東山一帯 仏教寺院を中心とする京都観光の目玉は、東山三十六峰の山麓(東山通り以東)に集中しています。こうした一帯にどうして仏教ゾーンが形成されたのでしょうか。その理由は、①中国思想の影響(日いづるところの天子)。②高台(鴨川の洪水に影響されな…

木魚歳時記 第1258話

舟形・鳥居 先に述べた①「東山の大文字」。②松ヶ崎の「妙・法」の送り火。③金閣寺の近くの「左大文字」の他に、④「舟形」(ふながた)があります。西加茂鎮守菴町の北にある舟山でおこなわれる大文字は舟の形をしていることで知られています。これは精霊舟を…

木魚歳時記 第1257話

妙・法 市営地下鉄「松ヵ崎」駅の北方の山麓に大黒天をお祀りすることで有名な日蓮宗の湧泉寺(ゆうせんじ)があります。この松ヶ崎の一帯は、愛宕群(おたぎぐん)栗栖郷(くるすごう)松ヶ崎村と称した頃より、歴史的に由緒のあるところであります。とりわ…

木魚歳時記 第1256話

寺の内 寺町が帯状(南北)に長く、浄土宗の寺院が多いのにくらべて、上京の「寺之内」(てらのうち)は寺之内通りにそって、東は相国寺(しょうこくじ)の西から西は千本釈迦堂(しゃかどう)まで二キロ足らずです。そして法華宗(ほっけしゅう)の寺院が多…

木魚歳時記 第1255話

寺町 秀吉が京都に残したものといえば、大仏、聚楽第(じゅらくだい)、お土居(どい)、などなど沢山あります。「寺町」もその一つであります。その目的は京の町割りの一環として、京に散在していた寺々を強制的に集めることでありそれを実行したのでありま…

木魚歳時記 第1254話

七野 蓮台野(れんだいの)について触れたので、つぎに「京の七野(ななの)」について触れてみます。蓮台野、紫野、平野、北野、内野、上野、荻野の七つを称して、京の七野と称したようです。内野は平安京の荒廃に伴い、北野の南に出来た空き地です。荻野は…

木魚歳時記 第1253話

蓮台野 朱雀大路の最北端は蓮台野(れんだいん)と呼ばれ、化野(あだしの)、鳥辺野(とりべの)と並ぶ三大葬送の地とされていました。すなわち、戦火の折には死人が野ざらしにされた洛外であったわけです。このあたりに、陰陽(おんみょう)学者であった、…

木魚歳時記 第1252話

船岡山 有名な紫野大徳寺のそばの小高い丘を船岡山(ふなおかやま)と呼びます。京都人ですら思い出すことの少ない丘陵地ですが歴史的には重要なところです。平安京が造られれとき、三方を山に囲まれた「山背・山城」(やませ)に位置する、双ヶ丘(右京区)…

木魚歳時記 第1251話

図子 京都は平安京の昔より大路(おおじ)・小路(こうじ)、さらに「数え歌」に唄われるような小さな<通り>で区切られていました。いわゆる「碁盤の目」の町です。こうした、記録に残るような通りとは別に、マス目の中に、生活の便宜上設けられた路地(ろ…

木魚歳時記 第1250話

京極 京極(きょうごく)の呼び名は、平安京の洛中の東の果て、つまり「東京極大路」(ぎがしきょうごくおおじ)に由来します。当時は、鴨川から東は、洛外と考えられており、荒野として考えられていました。まさに都の果てでありました。ちなみにボクが卒業…

木魚歳時記 第1249話

平安神宮 琵琶湖疎水の開通。水力発電。日本初の路面電車の運行。明治の中期にかけて京都の運命を左右しかけない超ビッグ・プロジェクトが立て続けに成功をおさめ、首都の座を東京に明け渡して、意気消沈する京都の意地を示すことになります。そのほかに、明…

木魚歳時記 第1248話

電気鉄道 日本初の水力発電で得た電力で路面電車(チンチン電車)の運行事業を始めたのも京都が最初であります。そのために「京都電気鉄道」という会社が設立され、明治28年(1895)年の2月1日に、京都駅の近くの東洞院塩小路より伏見(京橋)間が開…

木魚歳時記 第1247話

水力発電 琵琶湖より京都まで疎水(そすい)を引くことができたのは、もちとん、琵琶湖の水位と京都盆地との標高差によるものであります。日本初の水力発電にいたるまでにはいろいろと紆余曲折(うよきよくせつ)もあったようですが、蹴上(けあげ)に日本最…

木魚歳時記 第1246話

疎水 皇居が東京に移り、日本の首都が東京と定まって、京都は火の消えたもぬけの殻となりました。そこで、京都府知事(第3代)に就任した北垣国道は、東京工専(東大の前身)を卒業したばかりの田辺朔朗に命じて「琵琶湖疎水」(びわこそすい)の建設に着手…

木魚歳時記 第1245話

東京遷都 慶応3年(1867)10月大政奉還(たいせいほうかん)・王政復古(おうせいふっこ)が告げられ、元号を「明治」と改められました。これにより、政治の中心はふたたび京都に戻るかと思われましたが、翌、慶応4年(1868)の7月に江戸を「東…

木魚歳時記 第1244話

京都御所 平安京の大内裏(だいだいり)は、現在、千本丸太町に大極殿跡(だいごくでんあと)として残っています。その後、内裏(だいりは)は度重なる類焼のため、公家の邸宅を転々とすることも続いたようです(これを「里内裏」(さとだいり)と称した)。…

木魚歳時記 第1243話

御土居 御土居(おどい)とは、秀吉により築かれた、京都の町(狭義には洛中という)を周囲約23キロにわたり取囲んでいた土塁(堤防)のことで、正確にはその「土塁跡」を『線」で結ぶ長方形を指すようです。御土居(おどい)は外敵から洛中を守る目的とか…

木魚歳時記 第1242話

上京下京 左京・右京」が地図で見る「左右」と反対なのに比べて、上京・下京は、京都盆地の高低(鴨の流れ)に沿って自然です。また、平安京の大内裏(だいだいり)のある方角が上(かみ)とすれば、二条大路を境界にそれより南を下(しも)とする考えも順当…

木魚歳時記 第1241話

左京右京 地図を見る場合は、上辺が北を指し、したがって時計回りに東(右)、南(下辺)、西(左)と見るのが普通です。これは、磁石が北を指すという自然の法則に従う世界共通の見方かと思います。ところで、平安京は、中央の朱雀大路の右(東)が左京、そ…