2013-12-28から1日間の記事一覧

木魚歳時記 第882話

壽限無 古典落語に「壽限無」(じゅげむ)の咄(はなし)があります。「じゅげむ、じゅげむ、五劫(ごこう)のすりきれ、海砂利水魚(かいざりすいぎょ)・・」。あの長い長い名前を持つ長屋の小せがれの咄(はなし)です。 アミダ仏の別名の一つは「無量光…

木魚歳時記 第881話

森羅万象 森羅(しんら)とは、この宇宙に存在する一切の<もの>を、万象(ばんしょう)とは、この宇宙に存在する一切の<できごと(現象)>を指します。この宇宙に存在する一切の<もの>と、<できごと(現象)>は、それぞれ「かかわりあっている」。こ…

木魚歳時記 第880話

石 玉をつつみて山暉く 中国、晋(しん)の時代の陸機(りくき)のことばです。石の中に玉があれば、そのために山が暉(かがや)くように、人間も、学徳がそなわっていれば、それはおのずから外に現れてくる。 仏教では「一切衆生悉有仏性」(いっさいしゅじ…

木魚歳時記 第879話

多ければ則ち惑う 『老子』(ろうし)に「少なければ則(すな)ち得(え)、多ければ則(すな)ち惑(まど)う」とあります。人間の欲望は限(かぎ)りがありませんから、多すぎてはその用い方に誤りが生じるのです。 釈迦(しゃか)は、『遺教経』(ゆいき…

木魚歳時記 第878話

引いて発たず 『孟子』(もうし)に「君子は引いて発たず」とあります。徳の高い者は、弓を引いてもチャンス(時期)が至(いた)るまで矢を発たないという意味です。 教師は、一方的に教えるのでなく、学ぶ者が自解自得(じげじとく)、つまり学ぶ者が、も…

木魚歳時記 第877話

明鏡止水 一点の汚(よご)れもない鏡の面(めん)のごとく、波立つことなく止まったままの水の面(おもて)のごとく、いずれも清らかに澄みきった心の状態を指します。 『無量壽経』の中に「洗除心垢」(せんじょしんく)ということばがあります。心にたま…

木魚歳時記 第876話

和光同塵は結縁の始めなり 中国の天台大師智顗(てんだいだいしちぎ)の『摩訶止観』(まかしかん)にあることばです。学問があったとしても、その成果を和(やわ)らげて、塵(ちり)というのはもちろん喩(たと)えですが、世間の人々と<水平>に暮らすこ…

木魚歳時記 第875話

ものみなうつり変る 『大般涅槃経』(だいはつねはんきょう)のことばです。これは仏教の根幹となる教えといわれます。 釈迦(しゃか)亡くなられるすこし前に「諸行は無常なり、是(こ)れ生滅(しょうめつ)の法なり、生滅(しょうめつ)を滅(めつ)し已…

木魚歳時記 第874話

天知る地知る 我知る人知る 中国の『後漢書』にあることばです。誰も見ていない、誰も知るまいと思っても、天や地は見ている、知っているという意味です。 『観無量壽経』(かんむりょうじゅきょう)の中に「深心」(じんしん)と説かれます。「仏(ほとけ)…

木魚歳時記 第873話

独生独死 独去独来 独生独死(どくしょうどくし)独去独来(どっこどくらい)とは『無量壽経』というお経にあることばです。「ひとり生まれ、ひとり死し、ひとり来たり、ひとり去る」と読みます。 人間は独りで生まれ、独りで死んでいかねばなりません。いか…

木魚歳時記 第872話

地の利は人の和に如かず これは孟子(もうし)の「天の時は地の利に如(し)かず、地の利は人の和に如(し)かず」によるものです。 どれほどの好機に恵まれても、まわりの環境が整はなければ物事は成就(しょうじゅ)しません。またどれほど環境に恵まれて…

木魚歳時記 第871話

光あるものは光あるものを友とす 『沙石集』(しゃせきしゅう)にあることばです。「類は友を呼ぶ」の諺(ことわざ)もありますが、優れた人は、おのずから優れた人と交わるようです。 原始教典である『増阿含経』(ぞうあごんきょう)に、釈迦(しゃか)が…

木魚歳時記 第870話

すべてのものはみな縁によって生れる 仏教が説く「縁起」(えんぎ)とは「この世のすべての存在は縁(えん)によって生まれ、縁(えん)によって亡びる」という教えです。 わたしたちは、自分自身の努力で今日を築き上げた・・とそう思いがちです。しかし、…

木魚歳時記 第869話

読書三到 中国、宋(そう)の時代に朱子学(しゅしがく)の祖といわれた朱熹(しゅき)のことばです。書物を読んで理解をよくするに三到(さんとう)がある。すなわち、 ①眼読(げんどく) ②口読(くどく) ③心読(しんどく)の三つの読み方のことです。三到…

木魚歳時記 第868話

高きに登るは低きよりする 中国の殷(いん)の時代に太甲(たいこう)の著した『書経』(しょきょう)にあることばです。なにごとでも、物事を始めるには手順がある。まず手近なところより始めよ・・と上記のことばは教えています。 仏教を学ぶということは…

木魚歳時記 第867話

仏道を習ふといふは自己をならふなり 曹洞宗(そうとうしゅう)の開祖(かいそ)、道元禅師(ぢうげんぜんじ)の『現成公案』(げんじょうこうあん)にあることばです。 わたしたちが鏡を見るのは鏡そのものを見るわけではありません。鏡に写る自分自身を確…

木魚歳時記 第866話

浅き川も深く渡れ 「深心」(じんしん)とは『観無量壽経』(かんむりょうじゅきょう)にあることばです。心の奥底にヘドロのように堆積(たいせき)した不純物は取りのぞかねばなりません。そうすれば清水が湧(わ)くように心がひらきます。 愚(おろ)か…

木魚歳時記 第865話

一を聞いて十を知る 『論語』(ろんご)にあることばです。真に賢明(けんめい)な人とは、ものごとの本質を理解する能力に秀でた人のことです。 親鸞(しんらん)上人は「仏法(ぶっぽう)を聞くといふは、仏(ほとけ)の本願(ほんがん)を聞きて疑(うた…

木魚歳時記 第864話

説いたところを説いたままに授受して実践してほしい 釈迦(しゃか)に問う者がいた「世界は有限か無限か。人間は死後も存在するか、存在しないか」。その質問に釈迦(しゃか)は、毒矢の喩(たと)えをもって答えられたという。毒矢に射られた者がある。その…

木魚歳時記 第863話

一念に八十億劫の重罪を滅ぼすと信ずべし 親鸞(しんらん)の『歎異抄』(たんにしょう)にあることばです。これは「一声(ひとこえ)念仏すれば、八十億劫(おくごう)という、無限大に近い長い間の罪が滅(ほろ)びる。そう信じなさい」という意味です。 …

木魚歳時記 第862話

一粒万倍「おとととと、こぼれるわえ、一粒万倍万倍と、こぼれし酒を額(ひたい)につけ・・」。歌舞伎(かぶき)『夢結蝶鳥追(ゆめむすびちょうとりおひ))』にあることばです。 一粒の種をまいて耕せばその数万倍の収獲となる。労作(ろうさ)の大切さを…

木魚歳時記 第861話

慧を以って清浄を得 教典の中でも成立年代の比較的に古い『雑阿含経』(ぞうあごんきょう)にあることばです。教典に示された智慧(ちえ)を知ることが、清浄(しょうじょう)、つまり悟りに達する近道であると説きます。 それでは教典に示された智慧(ちえ…

木魚歳時記 第860話

慈なり故に能く勇なり 『老子』にあることばです。老子(ろうし)は、天下を支配する秘訣(ひけつ)は、慈愛(じあい)と、節倹(せっけん)と、ひかえ目の三つをあげています。とりわけ、慈悲(じひ)あってこそ真に勇敢(ゆうかん)になれる。といっていま…

木魚歳時記 第859話

以心伝心 禅宗の『伝灯録』(でんとうろく)十三に「仏滅(ぶつめつ)後、法を迦葉(かしょう)に付す。以心伝心(いしんでんしん)」とあります。ことばで伝えることのできない法を、心から心に伝えることを「拈華微笑」(ねんげみしょう)といいます。 入…

木魚歳時記 第858話

水は自ら茫茫花は自ら紅なり 宋代(そうだい)の廓庵(かくあん)の描いた「十牛図」(じゆうぎゆうず)の第九に「返本還源」(へんぽんげんげん)とあります。「源(みなもと)に立ち還(かえ)る」という意味です。 根源に立ち返るならば、おのずから、川…

木魚歳時記 第857話

足ることを知るは第一の富 『ダンマ・パタ』(真理についての詩)にあることばです。『ダンマ・パダ』は訳されて『法句経』(ほっくきょう)の名で知られています。『法句経』(ほっくきょう)は、前に出た『スッタニパータ』とおなじように、初期の段階で編…

木魚歳時記 第856話

行雲流水 中国の『宋史蘇軾伝』(そうしそしょくでん)にあることばです。蘇軾(そしょく)は、北宋(ほくそう)の詩人・文筆家で、書画も能(よ)くしたと伝えられます。「文を書くことは、行く雲、流れる水の如くにして、初めに質(し)の定め無し」と、い…

木魚歳時記 第855話

青は藍より出て藍よりも青し 荀子(じゅんし)の『勧学篇』(かんがくへん)にあることばです。草の藍(あい)から取れる青の色は、元の藍(あい)より青い。弟子が師匠(ししょう)を越える場合に「出藍(しゅつらん)の誉(ほまれ)」の諺(ことわざ)とし…

木魚歳時記 第854話

信は道の元なり功徳の母なり 『華厳経』(けごんきょう)にあることばです。信じるということは、わたしたちの生活の中で最も大切なことです。なぜなら、信じるという行為から「功徳」(くどく)、つまり善(よ)き結果が生まれるからです。「信は功徳(くど…

木魚歳時記 第853話

無用の用 石見(いわみ)の妙好人(みょうこうにん)浅原才市さんのことは、このホームページでも何回かとりあげてきました。ここでは、才市さんのことばをじかにお伝えします。 「好いも、悪いも、みなとられ、なんにもない。ないが楽だよ、安気(あんき)…