木魚歳時記

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2013-12-19から1日間の記事一覧

木魚歳時記 第292話

つむじ風 雀泣かせて 寒に入る 比叡おろしが吹きすさぶ河原を歩いていると、枯れ草のくぼみに、たくさんの雀がボロ布のように固まって、身を寄せあってふくらんでいました。 「とやかくいわんと、 念仏申さっしゃい」(上田 さと) 法然上人さまは「智者のふ…

木魚歳時記 第291話

紅きもの 女ざかりの 初かるた 歌留多(かるた)クイーン戦(8日)があり、その「電光石火切春風」の技に驚嘆しました。でもぼくは、熟女たちのフェロモンがむんむんするふつうの歌留多会も好きです。 「人間は欲に、 手足の付きたる物そかし」(井原 西鶴)…

木魚歳時記 第290話

巻頭に 佛説とあり 初読経 「佛説」とは、釈迦の教え、すなわち仏教経典に間違いないことを示す言葉です。経典の冒頭に「佛説」と示して、以下、釈迦の教え(教典)の真実義であること証します。 「仏の心とは大慈悲これなり」(『観無量壽経』) 浄土宗の教…

木魚歳時記 第289話

松前や するめの足に 残り福 十日戎(えびす)に行けなくて、十一日に恵比寿神社に参詣しました。さすがに凄じい人の波は収まり、山盛りのするめの足に残り福が匂っておりました。 「おこるな。いばるな。 あせるな。くさるな。まけるな」(堀田 庄三) お釈…

木魚歳時記 第288話

初閻魔 ど肝抜かれて オンカカカ さすが初閻魔、その」すごい形相に、退り退り(しざりしざり)しながら閻魔(えんま)の呪文「オンカカカ」を唱えておりました。 「ええ死にかたをしたいとおもうたら、ええ生きかたをするしかないよ。じぶんのことばかり考…

木魚歳時記 第287話

お元旦 きのととり年 おめでたう 乙酉(きのととり)の第一号は大黒さんの作品です。雄鶏のようですから、ぼくがモチ-フかも知れません。本年も『木魚歳時記』をよろしく。 「時はいま、ところ足もとそのことに、 うち込むいのち、とはのみいのち」(椎尾 …

木魚歳時記 第286話

寺町を ぬけ花街へ 除夜詣 京都の、大きなお寺の近くには、たいてい花街があります。なんとなくそれはわかるような気がします。昔は、なんでも、おおらかでした。 「雪のうちに佛の御名を称うれば、 積もれる罪ぞやがて消えぬる」(法然上人) 大きなパーテ…

木魚歳時記 第285話

百珍の ここにあつまる 年の市 今年は、のっぴきならぬ用件があって、年の瀬のぎりぎりまで大忙しでした。やっと時間をみつけ、花見小路を訪ね、味の百珍を確かめてきました。 「偉い人間にはなれなくても、 善い人間にはなれる。」(中野 重治) 総懺悔。ぼ…

木魚歳時記 第284話

老衲は 棒のごとくに くさめかな 「雲衲」(うんのう)とは托鉢する僧のことです。長身の雲水が、一瞬、くさめが出て立ち止まるのも、人間味があって好きです。 「ほんとうにあるものは <いま>の<ここ>の自分のみ」(佐々木 蓮磨) 懺悔、第3弾。ぼくは…

木魚歳時記 第283話

仰山の 坊主へろへろ 臘八会 「臘八会」(ろうはつえ)とは、12月8日、お釈迦さまの悟りを祝う「成道会」(じょうどうえ)のことです。ぎょうさんの僧があつまります。 「一切の気取りと、背のびと、山気を捨て、 自分はこれだけの者、という気持ちでやろ…

木魚歳時記 第282話

山姥の 丑三に起き 薬喰ふ 「薬」とは猪鍋のことです。若い男を誘い込んで、可愛がったあげくに猪鍋にしてしまう。現代版昔話もちらほらと。 「ぱさぱさに乾いてゆく心を、ひとのせいにはするな、 みずから水やりを怠っておいて」(茨木 のり子) 年の瀬が近…

木魚歳時記 第281話

電飾の ひとりくすくす 聖樹かな パパ(サンタ)のお役目も終わり、みんな寝静まるころ、どこかで「くすくす」。それは電飾たちの語らい?はたまた? 「どんなに秀れた機能の電球でも、 スイッチをいれねば電気はつかない」(小島 昭安) 寺に生まれ、育った…

木魚歳時記 第280話

着ぶくれて 男いっぴき 不発弾 俳句先輩の「不発弾」をお借りしました。もちろん「本歌取」をめざすといった粋なものでなく、たんなる盗作です。すいません。 「仏さまが知ってくださっていたら よいではないか」(不詳) さて、今年後半の俳句は、執着に着…

木魚歳時記 第279話

裸木の どこも動かぬ 生くさ 枯れ木の山に踏み込むと、一種異様な雰囲気に襲われるときがあります。静けさの中の捻動というか・・・枯れ切らない生々しさというか・・・ 「物には時節あり。花の開閉、人間の生死。 なげくべからず。」(伊原 西鶴) ぼくもす…

木魚歳時記 第278話

もみぢ山 色は匂へど ちりぬるを 「いろは歌」の丸投げ、手抜き工事です。それにしても「いろは歌」を考えついた人は偉い。 「人生は常に遊戯に没頭するには、 あまりにも厳粛だ」(有島 武郎) 歳の瀬です。そこで自然の観察は小休止して、人間くさい視点で…

木魚歳時記 第277話

通天の 鬼の夕映へ 楓もみぢ 楓(ふう)の木は、かえでより葉が大きい。それが紅葉すると、天の夕日のように美しく垂れさがります。 「心ですでに感ずれば、すなはち、 口に発して声となる」(高杉 晋作) 晋作のことばは鮮烈です。しかし、ぼくは大自然を撮…

木魚歳時記 第276話

老僧の 落葉を焚くや 朦朧と 老僧とは、もちろんぼくのことです。このごろ物忘れがひどくなりました。朦朧(もうろう)とするのは煙か、または老僧か? 「阿弥陀仏と十声となえてまどろまん 長き眠りになりもこそすれ」(法然上人) 春・若葉が萌え、夏・葉…

木魚歳時記 第275話

鯉の餌に 総崩れする 鴨の陣 カメラで「浮寝鴨」を狙っていたところ、無粋な人がいて、池の鯉にパン屑をやりました。それで「鴨の陣」は総崩れ。 「たった一度しかない人生を、 ほんとうに生かさなかったら、 人間に生まれてきた かいがないじゃないか」(山…

木魚歳時記 第274話

三原色 ほかにものなし 照紅葉 光の三原色は赤・緑・青紫、色の三原色は青紫・赤紫・黄の三色です。この三原色で自然界はできています。 「降ってよし、晴れてよし。無くてよし、有ってよし。 死んでよし、生きてよし。」(竹部 勝之進) 昔、偉い坊さんが「…

木魚歳時記 第273話

冬帝の 湖を塞ぎて 舫舟 炎帝は夏を、冬帝は冬をつかさどります。その冬帝も気まぐれ、湖(うみ)を塞(ふさ)いで、もやい舟といたします。 「どこまでも澄んでいて、しかも底の知れないものが、 真に深いのである」(三木 清) ぼくは海や湖を眺め、ある種…

木魚歳時記 第272話

妻のこと 忘れてゐたり 琵琶の花 ビワの花はくちゃくちゃと固まって、じっくりと眺めたことはありません。でも、その花にも蜜盗人は来ていました。 「知られるところはわずか一滴の水のようで 知られぬところは 実に大海の水のようである」(『無量壽経』) …

木魚歳時記 第271話

夢ひとつ あるかなきかの 浮寝鳥 水に浮かんで眠るなんて・・・ずいぶん風流なことです。ぼくなど畳の上でも、ゆっくり眠れない夜があります。「生れ生れ生れ生れて生の始めに暗く、 死に死に死に死んで死の終りに冥し」(空海) パンくずを撒いたら・・・こ…

木魚歳時記 第270話

はぐれ鴨 この世逆さに 夕餉かな 鴨はふつう午前中に川底の餌をあさります。水面にぴょっこり尻を残す風情は冬の風物詩です。 「いだかれてあるとも知らずおろかにも われ反抗す大いなる手に」(九条 武子) どなたかの「この世逆さに」の中七を借用させてい…

木魚歳時記 第269話

冬帝の 外に客なし 観覧車 どうしても観覧車の写真が欲しくて堅田まで行ってきました。いまは営業停止の観覧車に太陽がいっぱい・・・ 「心。ひろく、ひろく、もっとひろく。」(高田 好胤) 映画『第三の男』のワンシ-ンとなったローターのことは鮮やかに…

木魚歳時記 第268話

干大根 芯の髄まで いごっそう 「柿屋」見学の帰りに、こんな風景と出会いました。農家の庭先に行けば、どこにでも見かける風景でしょう。 「捨てるということさえ捨てよう すると裸になれる」(毎田 周一) 抜かれて吊られて芯の髄まで辛抱する干し大根。そ…

木魚歳時記 第267話

柿干して 六尺の 寂光土 多作多捨といいながら・・・つい類句を残してしまいました。このところ俳句が理屈っぽくて面白くない?いろいろ考えすぎ? 「急がなくてもよいことを あなたは急いでいる」(「大集経」) 「迷路に迷い込んで・・・」とぼく。「あん…

木魚歳時記 第266話

古老柿の しわの数だけ 佳かりける 宇治田原まで「柿屋」を見学に行ってきました。藁葺き屋根(「柿屋」)の下に干柿がならぶ風景は壮観でした。 「善人なほもて往生を とぐ、いはんや悪人をや」(親鸞上人) 甘い渋い。それだけで善悪と判断するのは身勝手…

木魚歳時記 第265話

顔見世は 色も道化も 横ならび 南座に「まねき」が上がると京は年の瀬に突入します。色男も三枚目も「まねき」が横一線に並ぶところが面白い。 「生きる喜びとは 主役を演じることを意味しはしない」(福田 恆在) 12月は、仏教に由来して、かつ、新旧を選…

木魚歳時記 第264話

「大日」の 俄か隠れや 冬日和 「大日」(だいにち)とは仏教的世界観の中心となる「大日如来」です。自然界の中心となる太陽のことです。 「苦しいことが多いのは 自分に甘えがあるからだ」(石川 洋) 石川洋先生(一灯園)を知ったのは不思議なご縁からで…

木魚歳時記 第263話

追憶を 鋭角に切る 冬の蝶 かって「ネオン街少女羽化する青夜かな」と詠んだことがあります。楊句は、いはばその続編となります。 「つらいことが多いのは 感謝をしらないからだ」(石川 洋) 楊句の「上五」を、最初「木漏れ日を」としました。これでは写生…