木魚歳時記

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木魚歳時記 第3588話

かの少年の僧を乗せた船は兵庫の港を出ると、大物(だいもの・今の尼崎)、神崎、江口を経て淀から京都は鳥羽の造り道に向かうのであった。海の波も川浪も、空の雲とともに昨日も今日も日ねもすしずかであった。(佐藤春夫『極楽から来た』)291 蟻地獄なむ…

木魚歳時記 第3587話

(四)漆氏の少年を兵庫まで送った菩提寺の僧兵頭は、その小さな主人を兵庫から鳥羽に通う船に乗り込ませ、その出船を見送るとそのまま主人の乗り捨てた駒によって美作(みまさか)の山へ馳せ帰った。(佐藤春夫『極楽から来た』)290 さつきから蚊に愛され…

木魚歳時記 第3586話

「そんなものぐさもゆるし、そんな戯(たわむ)れにも真意をよくくみ取ってもらえるだけのごく親しい友だちで、名門の出ではないようですが、それにもまさる高い人がらで、親切でほんとうに出家らしい出家ですからこの人ならば、末々まで、何かとよくはから…

木魚歳時記 第3585話

進 上 大聖文殊像一体(だいしょうもんじゅぞういったい) 天養二年乙丑月日 観覚上 西塔北谷法持房禅下源光 と、だけ書いておきました。(佐藤春夫『極楽から来た』)288 天辺をこはさぬやうにかき氷 「ボクの細道]好きな俳句(1335) 山口誓子さん。「ス…

木魚歳時記 第3584話

「お山の落ちつく先は?」「それはまだよく決まっておりませんから、取りあえず、わたくしのごく親しい旧友で、西塔にいる持法房源光(じほうぼうげんこう)というのに頼んでやりましたよ。さっき立つ時、馬の上に手渡したのはその手紙ですが、久しぶりでく…

木魚歳時記 第3583話

「姫路、三木、と兵庫まではわけありません。兵庫から先は都に近いだけで水路も物騒ではありませんから、たしかな舟を見つけて水路にすればよいと、よくいいふくめておきました。あの者にまかしておけば、大丈夫ですよ。もしも心配なら、わたし自身で出かけ…

木魚歳時記 第3582話

「そなたがそう見込んでつけてくれたのは安心だけれども、何しろ道は遠いしね」出雲街道はひらけているし何の苦労もありません。わたくしも幾たびか歩いてよく知っています、いちばんやっかいなのはこのあたりだけで、(佐藤春夫『極楽から来た』)285 雲助…

木魚歳時記 第3581話

と、うす霞むなかへ進み入る馬を遠く見送りながら、「あの者は、山に三十人あまりの僧兵のうちの頭立つもので、勇気もあり、心利いて、それに九州から来たのだから旅慣れてもいる」(佐藤春夫『極楽から来た』)284 いつかまたもとのかたちにあめんばう 「ボ…

木魚歳時記 第3580話

「乗りも習わぬ馬で都まで・・」と、いわせも果てず、観覚は、「大丈夫ですよ。はじめてのようでもない。もうしっかり馬に乗っています。それに、あの者をつけてさえおけば」(佐藤春夫『極楽から来た』)283 しばらくは流れのままにあめんばう 「ボクの細道…

木魚歳時記 第3579話

塵(ちり)を蹴って勇む駒のひづめの音も次第に聞こえなくなり、馬上の姿は一度見返って笑顔を見せたようであったが、刻々に遠ざかって行く。それをじっと見送りながら、「この大きくなったすがたをせめて人目、父親にも見せたかった」と、その子の母は目が…

木魚歳時記 第3578話

観覚は懐中にしていた書状を馬上の少年に、「しかと持てよ」と、手渡した。「シー」と、いわれて駒は動き出す。うららかな日射しを右肩から浴びて進み行く少年はうしろ姿をたくましく馬上ゆたかに見えた。(佐藤春夫『極楽から来た』)281 雪豹の三毛猫とな…

木魚歳時記 第3577話

(三)従者はころあいを見はからい、ていねいな一礼をしてから、「では、間違いなくお共致して参ります。馬の鞍も津山あたりで手にいれましょう。どうぞ何事もご心配なく」(佐藤春夫『極楽から来た』)280 汗だくの鴉ごろごろ鳴いてゐる 「ボクの細道]好き…

木魚歳時記 第3576話

用意万端はできていたからただちに出発となり、従者は右手に馬の口を取り、左手に騎者を抱き上げて馬の背に押しやる。馬上の少年と見送る母や師匠、里人たちと見上げ見下ろしつつ、尽きぬ別れを口々に短く交わしている。(佐藤春夫『極楽から来た』)279 い…

木魚歳時記 第3575話

「わけをいって探していると、もとは漆家の家人でお世話になったからという者が、これをはなむけに差し上げたいと申し出たのを無理に金を取らせて、曳いて来たのです。試に乗ってみましたが大した駒です。これなら長の道中も大丈夫。わたくしも安心致しまし…

木魚歳時記 第3574話

屋敷の馬場場にはもう昔の肥馬は無かったから、観覚は、山から旅人のためにつれて来た従者に命じ、早朝から二本平の牧に駒を探しに出していた。 辰(たつ)の刻ばかりに待ちかねた駒が来た。見るからにみごとなものであった。(佐藤春夫『極楽から来た』)27…

木魚歳時記 第3573話

領主の奥方と若君とが来ているのが一夜のうちに庄内に知れ渡って、人々が引きもきらず挨拶に来たのは、実のところ少し有難迷惑であったが、馬を待つ間をそれに費やした。(佐藤春夫『極楽から来た』)276 牛蛙もう出るころや会ひに行く 「ボクの細道]好きな…

木魚歳時記 第3572話

母子、姉弟、叔姪の三人で、なつかしくいまわしいこの座敷に、来し方行く末をそぞろに語りつづけた。亡き人が遺愛の八重ざくらはまさに満開でくれなずむ夕影にあやしく、あでやかに、夜に入っては雪解けの山水が屋をめぐって昔を語りがおに鳴りひびいた。(…

木魚歳時記 第3571話

しばらく無住で荒れた稲岡の屋敷は、あらかじめ特に命じて掃除させてあった。一泊して互いに惜しむ別れを、この家にもわかちたかったためである。(佐藤春夫『極楽から来た』)274 春風にぴんと立ちたる馬の耳 「ボクの細道]好きな俳句(1321) 山口誓子さ…

木魚歳時記 第3570話

そこで卜(ぼく)し得た春うららかな吉日を観覚は童子を率いて山を下り、先ず倭文錦織(しどりにしごり)の家に姉を誘って稲岡へ出た。稲岡では父時国の墓前に勢至丸の上京修行の報告をして、一同しばらく尽きせぬ涙をたむけた。(佐藤春夫『極楽から来た』…

木魚歳時記 第3569話

観覚としても決して甥の道中に不安がないわけではないが、ぐずぐずして時機を失したくない。暑からず寒からず、はやり病のない春のうちに旅立たせたい。この思いは誰もが同じであつた。(佐藤春夫『極楽から来た』)272 昔から朧のころが好きでした 朧(おぼ…

木魚歳時記 第3568話

こういう道中だから、当時、南都や北嶺を領家とする荘園の若者たちが寺内の事務管理者を志して入山するするに当たって、この大衆がわが荘園の武士どもを伴奴として上らせてのが、そのまま山に住みついて堂衆といわれ、この堂衆と大衆とがついに僧兵の大群と…

木魚歳時記 第3567話

陸の旅とて山賊がいないでもないが、治安ならこの方が多少よいが、はるばると野山に草枕の困難は家枕の非ではない。子を思う母の案じわずらうのも道理である。(佐藤春夫『極楽から来た』)270 春の昼鶏のまぶたのゆるむころ 「ボクの細道]好きな俳句(1317…

木魚歳時記 第3566話

さて今日は、観覚が三度目に出向いて来て、道中の相談であった。可愛い子にどうして旅をさせようか、海路か、陸路か、どちらもあんまり安心できない。 海路は日和さえ見定めれば楽であろうが、純友(すみとも)の事以来横行しつづけている海賊のことが陸路よ…

木魚歳時記 第3565話

(二)はじめは何かと二の足をふんで、弟のせっかくのすすめにも従わなかったえ童子の母も、観覚の熱心に動かされたころ、観覚が最後の手だてに、童子自身が出向いて口説かせたのが功を奏したか、しばらく見ないうちに、急におとなびたわが子の立居ふるまい…

木魚歳時記 第3564話

「都ですぐれた師に就き、切磋琢磨(せっさたくま)の友を持てば自然とはげみも出て大成します。勢至丸はもう童子ではない。山寺でわたしなどが教える器量ではありませんから、こうお願いするのです」 と、観覚の熱意は面(おも)にあふれている。同じ相談は…

木魚歳時記 第3563話

「あの全僧連のことを心配しておられるのですか。あれはすべての大衆のことで決して全山があの騒ぎではありません。あれは一部の大衆や堂衆の行動です。学侶は学侶で静かに道を求めています。(佐藤春夫『極楽から来た』)266 涅槃西風畑も青くかすんでる 涅…

木魚歳時記 第3562話

それでも都はもの騒がしく不安なありさまではありませんか。南都にせよ北嶺にせよ、修行どころか打ち物取っての大あばれというではありませんか。一つぶ種のわすれがたみを、そんな危っかしい都へは出せませんよ」(佐藤春夫『極楽から来た』)265 三月の分…

木魚歳時記 第3561話

「そう足もとから鳥の立つようなことをいい出しても」「でも勢至丸も、もはや十三歳、おとなです。元服させてもよい年ではありませんか。いつまでも子供だと思っていてはいけません」(佐藤春夫『極楽から来た』)264 花冷や雲がちぎれて飛んでゆく 「ボクの…

木魚歳時記 第3560話

「それは行く先はそうさせたいと思っておりますが」「行く行くではありませんよ。今は一日も早くです。かいこが桑を食べるように今が知識のかてに飢えている最中なのですから」(佐藤春夫『極楽から来た』)263 来てみたら鳰の巣がないどうしやう 鳰(にお)…

木魚歳時記 第3559話

「それで当人も希望している様子も見えますし、一日も早く都へ上がらせて学ばせたいとわたくしは考えていますが、このことをご承引(しょういん)くださいますまいか」(佐藤春夫『極楽から来た』)262 鳰の巣といちいちふれて歩くのは 鳰(にお) 「ボクの…