木魚歳時記第4094話

「こちに近く」 と仰せられたがあまりの勿体なさに法然が敢えて進まないのをご覧あって、「ではこちらで下りる、人君の故をもって法の師を見下すはわが志ではない」 と仰せられたので法然はおそるおそる玉座に近づき、型の如く授戒の式をすすめて、説戒に当…

木魚歳時記第4094話

法然房はしぶしぶ、いや、こわごわで参院した。しかし四十四、五歳の世慣れた上皇は、ごくお気軽に法然にお対しあらせ、まず叡空の微恙(びよう)を問い、さて、「そちのことは慈眼房からも九条大相国からも聞いていた。よく参った。一度会ってみたいと思っ…

木魚歳時記第4093話

「それは存じて居ります。ですが資格が」「資格はわしが与える。わしの代理で行け。考えがある。わしが命じる」「お師匠さまがお命じとならば、ご辞退のすべはございません」(佐藤春夫『極楽から来た』)760 病室の空念仏や春の昼 空(から) 「ボクの細道…

木魚歳時記第4092話

「それでわたくしがお師匠さまに代って戒師というわけですか」と法然房は愕然(がくぜん)として、「お師匠さま、それは困ります。わたくしには勤まりませぬ」「そなた戒を受けた時の順序や方式はまだおぼえて居ろう。わけのないこと。それをそなたがやれば…

木魚歳時記第4091話

「院に病を持ちこんではならぬ。そなた代わりに参ってくれ」「何のためですか」「実は式子内親皇が今度ご病気で斎院(さいいん)をさがられたについて、ご落飾あそばす。それでわしに授戒に来いと仰せ出された」(佐藤春夫『極楽から来た』)758 こんな夜は…

木魚歳時記第4090話

嘉応(かおう)元年法然三十七歳の一日、師匠叡空が彼に意外な事をいい出した。「源空そなた迷惑でもあろうが、ちょっと院まで参じてはくれまいか。実はわしが招かれたが、知ってのとりわしは貴人の前は大きらいさ。礼法(れいほう)を心得ないからの。そこ…

木魚歳時記第4089話

彼は先ず学問(先哲の智力)によってわが信念を証明し客観化しようと空しく努力した。法然の修法との対決はいよいよ深められて行く。修法にも独善の陥穽(かんせい)が秘められているのを法然はやがて気づかずには置かない。(佐藤春夫『極楽から来た』)756…

木魚歳時記第4088話

彼はその結論なら少しも疑わない。ただ直覚でこれを得たという点をやや危ぶむ。しかし弥陀の大慈悲も極楽も十分に信じている。疑うこころはわが智力、否(いな)すべての人間の智力、それを無限に信頼する人間の性情にある。(佐藤春夫『極楽から来た』)755…

木魚歳時記第4087話

第十七章 見果てぬ聖夢(一)法然は日々礼讃(らいさん)をつづけ、法華三昧は既に成じて、今は五相成身観(ごそうじょうしんかん・現身のまま現世で大日如来になるという観法を修行しつつも、欲は口称念仏(くしょうねんぶつ)の行が他にすぐれていることを…

木魚歳時記第4086話

この慈悲に浴した歓喜と感謝とを、先ず十方の衆生に味あわせたい。我々すべては力及ばぬ難行苦行を積まずとも、この慈悲にすがりさえすれば最上の仏国に生きられるのだ。この感謝と歓喜との基礎上に、凡夫(ぼんぷ)の我々すべてが最上最美の仏国に生まれる…

木魚歳時記第4085話

「世にも稀有(けう)な最大級の罪の罪のほかはわが名を呼ぶ限りこれを赦(ゆる)してわが最善最美の国の住民たらしめたい。わがこの願望がかなわない程ならば、覚者(仏)などにはなりたくもない」というこの広大無辺の慈悲を感じ取った喜びはまことに神来…

木魚歳時記第4084話 

という阿弥陀仏四十八願の文が遠雷のように心にとどろいて出た。かねがね暗誦している文句がすぐに思い出されるのに不思議はないが、それと同時に法然は、さながら電光に打たれでもしたように、いつもとは全く違った感謝の念に打たれた。さながらに、阿弥陀…

木魚歳時記第4083話 

「ああ極楽の大地のような」 と、ひとり言した瞬間、 モシワレ仏ヲ得タランニ十方(じっぽうの)ノ衆生至心(真実心をこめて)ニ信楽(しんぎょう)シテ我ガ国ニ生(しょう)ゼント欲シテ乃至十年(十声の念仏称名)センニ、モシ生ゼズンバ正覚(しょうがく…

木魚歳時記第4082話 

水のせせらぎが耳に快く目ざめた一日、法然はいつもの道を変えて北に向い、横川中堂から大宮の流れにそうて日吉大社から坂本を目指した。いつもより一時間あまり早く起きたので、美しく晴れ渡った空に誘われて、遠行を企てたのであった。 途中、何ごころなく…

木魚歳時記第4081話 

門を出るに当たっては、必ず、保元の乱の後、為義が、斬られる前日一夜をこの門前にたたずみ明かしたと聞いたうわさが思い浮かんで心を痛めるのであった。(佐藤春夫『極楽から来た』)748 相棒の直す化粧に淑気かな 「ボクの細道]好きな俳句(1827) 稲畑…

木魚歳時記第4080話

自然は時々刻々の変化のために同じ道も常に目新しいと思いながらも、あまりに曲がりもない杉の下かげの道ばかりに、変化を求めて日によっては、四明岳や大比叡を踏破してみることがあった。健脚を急がして一時間、歩をゆるめて一時間半ばかりの散歩なのであ…

木魚歳時記第4079話

しかし美作の山中に生まれて山中に育った法然にとっては、自然もまたよき師友である。それ故、彼は朝夕、看経(かんきん)の前後の小閑(しょうかん)をぬすんでよく散歩した。彼は青龍寺を出て、南に向う門前の道を、釈迦堂、浄土院の伝教廟(でんきょうび…

木魚歳時記第4078話

(五)法然は山上に在って、師範叡空のほかに天台密教の師相模(そうばく)アジャリ重宴や、後に大原問答の発起者になった顕真、その弟子で源平の戦いも知らなかったという珍しい学僧証真、さては右大弁藤原行隆の子で同じく叡空門下の後輩で、後年は法然の…

木魚歳時記第4077話

先哲の規定して置いたことではあるが、ここらにもまだ考えるべき余地が残っているように思える。 今まではただの学侶として学的な頭で考えることばかりしか気がつかなかったのだが、ここに思い至ったのも修法のおかげであると彼は喜んだ。 色恋は若気の性か…

木魚歳時記第4076話

こうできなことづくめでは、どんなすぐれた修法とて、万人にすすめるのには、不適当であろう。道場を持つこともできず、長く時間を費やすことのできない人や、病苦の人などこそ、最も念仏のような抜苦与楽(ばっくよらく)の行が必要なのだから。(佐藤春夫…

木魚歳時記第4075話

こういう修法もまた果たして万人にできることであろうか。第一に道場がなくてはできない。そうして時間がなくてはできない。また健康でなくてはできない。現に永観律師でさえ晩年にはできなくなっていたではないか。(佐藤春夫『極楽から来た』)742 縦横の…

木魚歳時記第4074話

と語って、壮年以前は日に一万遍、壮年以後は六万遍、晩年には舌がかわきのどが涸れるため、専ら瞑想を勉め、三時読経して一日も欠かさなかったといわれ 法然は修法しつつも、前人の徳行を思いこれを慕いながら、また少しく考えるところもあった。(佐藤春夫…

木魚歳時記第4073話

この律師は好んで獄舎をおとずれ、囚人の苦をあわれんで説法授戒した。また人に物を貸して返さぬものには念仏をさせたという。 律師はまた好学の人であったが生来の虚弱多病に悩みながらも、「病は人の善知識(ぜんちしき)である。われ病質の故を以て四大(…

木魚歳時記第4072話

そうして寺に住するに及んで、寺領の荘園の収入など悉く挙げて寺の修理その他の寺用にあてた。そのため永観が住するようになって寺の面目は一新するに至ったといわれる。思うままに寺を修理修造したあものか、彼は居ること二年あまりで職を辞して再び光明山…

木魚歳時記第4071話

永観も高徳で、山棲谷飲(さんせいこくいん)の生活十年、専念に修行していたが、その声名によって、南都の衆から迎えられて東大寺に住した。世人ははじめ永観の深く世俗をいとう心を知っていたから、よもや東大寺などへは行くまいと思っていたのに、別に思…

木魚歳時記第4070話

日中の修行としては、はじめ彼はまず九十日を期して法華三昧(ほっけざんまい)を修した。つづいて、常坐三昧(じょうざざんまい)に入り、次ぎに常行三昧(ぎょうぎょうざんまい)にと進んだ。何れも堂内の道場で十七とか九十とか日を限っての修行であった…

木魚歳時記第4069話

彼は山に帰って来たのを喜んだ。特に夏も盛んになるに及んでは、山上の清風がうれしく、夕ぐれ時になって日ぐらしぜみな音のさわやかに美しいのを愛した。 (佐藤春夫『極楽から来た』)736 洛中をナムナムと来る鉢叩 鉢叩(はちたたき) 「ボクの細道]好き…

木魚歳時記第4068話

(四)山に帰った二日目から、法然はさっそくに山の生活をはじめていた。 山の生活というのは朝は『法華経』を読み、夕は『阿弥陀経』を看、そうしてその間に種々の修行をするのである。この規則的な生活は粗食による生活力おその消耗との間に黄金律的な調和…

木魚歳時記第4067話

「ときに法然。そなた山に帰って来て今度は何をする気か」「やっぱり『要集』や『止観』の巻は手から離しませんが、博く読みあさる気はなくなりました。諸山お法蔵(文庫のこと)もおおかたは見ました。奈良で蔵俊などの学匠にも会って、学問というものの限…

木魚歳時記第4066話

「これは真言の賛美に似て、実は今そなたの話した独楽を遊んでいた子供の話同然の権威の否定ではなか。庶民も追々と目ざめて来たな。これでは今に世直しがはじまるだろう。山でも近ごろは学侶よりも大衆の方が強くなって来る様子だ」「山も下界も同じ法則で…