木魚歳時記

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木魚歳時記 第3642月

しかし戒も定も慧も、どの一つとして満足にそなええることもできそうにないわが身ではないか。これを成就した古人があったのも、むしろ不思議と思うほどの至難事ばかりである。身をこんな愚か者だとは今日の今まで知らなかった。と彼はいたすらに恥じ入りつ…

木魚歳時記 第3641話

(四)少年老い易く、わが身もも早十八になった。そうして三人の師匠のねんごろな指導のおかげで、どうやら三台部も読んだ。そうして仏教修行の大要は戒定慧(かいじょうえ)の三つにあるようなと合点した。(佐藤春夫『極楽から来た』)342 老木にまといつ…

木魚歳時記 第3640話

三大部と取り組むこと三年、三人の師匠はこの若い弟子の理解の早さ深さに驚いて、全山中智慧第一とこれをたたえた。弟子にとっては三人の師匠の称讃は、むしろ嘲笑のように聞きなされた。というのは三年間の学習の結果、彼の身の無能以外は何一つ学び得たと…

木魚歳時記 第3639話

『止観』の説き教えるところはやかましくむつかしかったが、いい方の美しさによってなつかしく柔げられているのが尊かった。それだけに含蓄の多いニュアンスゆたかな文章は少年にとっては底の底までは汲み取れないような不安心のため、彼は読み返し考え直し…

木魚歳時記 第3638話

「多くを読み多く考えよ。読むことと考えることの二本立てが必要だ。読むだけで考えなければ頭は鈍る。考えるだけで読まないでのひとり合点は危っかしいというのが孔子夫の学ぶ者への注意である」 というのが、以前に観覚が幼い弟子たる甥の頭に植えつけた読…

木魚歳時記 第3637話

つまり『摩訶止観』は仏弟子たる者の実践すべき日常生活を、一挙手一投足の末まで説いている。そうした仏教の根本たる定(じょう)と慧(え)の刻々あるべき姿を、すなわち生活に直結した仏教をこの書ほど事細かに条理を尽くして論じたものはないと思われた…

木魚歳時記 第3636話

この書の題になっている止観という語は妄念を断つという意味で、この書の内容は止観を定(じょう・心を集中し静めること)と慧(え・ものの真相を見抜いて迷わず疑わぬ智力)の作用として、観心(かんしん・自分の本性を見定めること)と観法(かんぽう・宇…

木魚歳時記 第3635話

この師匠の勉強のすさまじさと業を授けるに当たってのきびしさとは、言外に少年をはげましむちうつものがあって、少年は師匠の情熱的な性格と強い気魄(きはく)とに打たれ、自然と頭のさがる思いがした。 三大部はみなそれぞれに有益に面白く読まれたが、中…

木魚歳時記 第3634話

燭(しょく)を秉(と)って夜遊ぶのは青春の人のこと、老いて燭を剪(き)って夜も勉めなければならないと、起きればすぐ机に向かう皇円は夜も寸陰を惜しんで筆を執っていた。(佐藤春夫『極楽から来た』)335 煤払どすんと落つる僧の妻 「ボクの細道]好き…

木魚歳時記 第3633話

皇円はその卒業を早くさせたいというのか、少年をして、『止観』は北琉先達房俊朝に、また『玄義』は今までの師源光に、そうして皇円自身は『文句』を、とこう分担して業を受け学ばせた。少年が他の師から学んでいる間を、皇円自身はいつも、ものにつかれた…

木魚歳時記 第3632話

みなこの道の古典として知られたもの、わけても『摩訶止観』は大師が己証(自ら証明した)法門を弟子潅頂(かんちょう)の録したもので、これにより天台が成り立つという程のものなのである。(佐藤春夫『極楽から来た』)333 「近詠」 野仏に一つ石つむ暮の…

木魚歳時記 第3631話

(三)皇円が新入りの弟子たちに読むことをすすめた三大部というのは、天台大師智者(てんだいだいしちしゃ)ともいわれる智顗(ちぎ)<中国南北朝時代、438-597の人>の著述で、『妙法蓮華経玄義(もうほうれんげきょうげんぎ)』十巻『妙法蓮華経文句』…

木魚歳時記 第3630話

山上の晩秋は、寒冷の気の身にしみる十一月の朝、身も心もひきしまる思いで、少年は西塔北谷から東塔西谷の功徳院に身を寄せた。(佐藤春夫『極楽から来た』)331 秋風やあとかたもなき会葬者 「ボクの細道]好きな俳句(1381) 秋元不死男さん。「白飯に女…

木魚歳時記 第3629話

こうして一たび相見るに及んで、この老人と少年とは宿縁の催すものがあってか、互いに心の相通じるものを感じたらしく、快く愛と敬とを取り交し合った末に少年の入門もかなった。(佐藤春夫『極楽から来た』)330 病葉の己が内なる寂光土 病葉(わくらば) …

木魚歳時記 第3628話

わしも何度も読みかえした。もう一度そなたと一しょに読んでみてもよい。それぐらいなお相手ならまだできようから」「ありがとうございます。どうぞお願い申しあげます」と少年は、長者に心からの一礼をした。(佐藤春夫『極楽から来た』)329 老僧は鐘と撞…

木魚歳時記 第3627話

うらやましいそなたは、まだ春秋に富む身だ、若いうちの学問は一生の役に立つ。そなたも今のうちに天台の大三部ぐらいは読んでおくことである。あれは読めば読むほど利益の多い書物である。(佐藤春夫『極楽から来た』)328 老僧の後ろに目あり雨安居 安居(…

木魚歳時記 第3626話

ためらいながらありのままに打ちあけたのが、相手の気に入った様子であった。老アジャリは耳を傾け聞き入り、さて慈眼をうるませ、つくづくと少年を見やって、「それは頼もしくよい考えである。しかし、そなたのその決心も今からすぐにではまだ少し早かろう…

木魚歳時記 第3625話

弟子入り少年の方でも、山の生活二年間の間に、だいたい山の事情にも察しがついて、この地は永く居るべきではない、むしろこんな山を立ち出で人知れぬ地に隠れてひとり修行した方がよいのではあるまいかとも考えている心持を、(佐藤春夫『極楽から来た』)3…

木魚歳時記 第3624話

あとから思えば、当時、皇円は求道に絶望して史的著述に志していたので、彼はすぐれた少年学侶を導くことで、また新しい求道の意欲が生まれるかも知れないという一道の微光を感じてこの少年を引き受けたものらしい。(佐藤春夫『極楽から来た』)325 夜濯の…

木魚歳時記 第3623話

せっかくだからともかく一度面会のうえでと、そうして最後にこの少年を一見して、「教えるは学ぶとやら、わしは後生から学ぶ気でしばらく一しょにやってみましょう」というのであった。(佐藤春夫『極楽から来た』)324 剃刀の喉もとあたり鱧の皮 「ボクの細…

木魚歳時記 第3622話

皇円ははじめ、源光から相談のあった時は、自ら出家(しゅっけ)の道に迷っている身ではあり、また、現に門を閉じて目下著述中と容易にに引き受けそうもなかったが、(佐藤春夫『極楽から来た』)323 霜柱細菌病理研究所 「ボクの細道]好きな俳句(1373) …

木魚歳時記 第3621話

持法房源光が身の浅学非才をいって、この優秀児を功徳院皇円(くどくいんこうえん)に送ったのはこの受戒を契機としたのである。(佐藤春夫『極楽から来た』)322 病巣の静止画像や黴の花 黴(かび) 「ボクの細道]好きな俳句(1372) 前田普羅さん。「旅人…

木魚歳時記 第3621話

円頓戒(えんどんかい)というのは、キリスト教徒の洗礼というような天台の儀式で、大乗積極の行動精神をこれによって体得したことになる。彼はここに精神的基盤を固めて、今は本式に一個の出家である。(佐藤春夫『極楽から来た』)321 仏典を食らひて紙魚…

木魚歳時記 第3620話

その十一月、われらの主人公たる美作の少年も早くも志学の歳十五歳に達していたが、いよいよ出家受戒の壇に登って、心をときめかしつつ円頓戒(えんどんかい)を受けた。(佐藤春夫『極楽から来た』)320 仏塔の口ひらきたる花の昼 「ボクの細道]好きな俳句…

木魚歳時記 第3619話

(二)久安三年、八月十二日に天台座主行玄を襲撃した大乗房事件は、院宣によって暴動の首謀者重雲が捕えられたのを、山法師たちが奪還する騒ぎもつづいたが、越前の白山は終に叡山領となって事はすみ十月三十日には大乗房行玄が再び天台座主に復した。(佐…

木魚歳時記 第3618話

院では忠盛の子清盛をして銅三十斤(きん)で父をあがなわせてやっと解決を見たが、忠盛にくみしたという理由で大乗坊を襲撃した大衆は、天台座主行玄(関白師実の子)を追い出しその房を破壊した。 山は今や道場どころか、正に戦場であった。(佐藤春夫『極…

木魚歳時記 第3617話

しかし久安二年は山でもまだ静かな年で、翌三年四月に白山強訴の騒ぎがあり、六月にはもっと本格的に山の大衆が日吉(ひえ)の神輿(みこし)をかつぎ出してきらら坂を下り、平忠盛(たいらのただもり)の流罪を強請し、(佐藤春夫『極楽から来た』)317 恋…

木魚歳時記 第3616話

憧れにあこがれてきたこの山上の聖域、そのかみの鎮護国家の道場とても、浄土ではない。時代の荒波は打ち寄せて、やはりもう平和な求道の地ではなく、内外に敵をひかえた油断のならない所と、少年は早くも甘い夢から覚めて厳しい現実の相を見抜きはじめてい…

木魚歳時記 第3615話

そこで学生に仕える大衆、大衆に仕える堂衆と山内であは自然と、学生、大衆、堂衆の階級的区別が生じていた。それ故、学生と堂衆との衝突は一種の階級闘争なのである。さて、一口に大衆と呼ばれる僧兵どもは、地方荘園武士あがりの堂衆を主力として、それに…

木魚歳時記 第3614話

学生が都鄙(とひ)の上流家庭の子弟、なかには大臣や公卿の子弟もまじるのに対して、大衆は主として寺に属する諸国の荘園から入山した若者ばかいで、彼等が入山に当たってわが家の荘園武士を奴隷としてつれてきたのを大衆と呼んでいた。(佐藤春夫『極楽か…