木魚歳時記

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木魚歳時記 第3770話

増賀も源信と同じく良源の門下で源信の先輩であるが、ひたすら道を求め、俗界の名聞をきらって「やんごとなき学生(がくしょう)」との名が一山に高く、九重の雲上にも達して、冷泉(れいぜい)上皇から護持僧(ごじそう)として召されたが、増賀は狂人をよ…

木魚歳時記 第3769話

という返事で、源信をたしなめ励ましてき来たと伝えている。これは死を眼前にした崩齢(たいれい)でわが子の遠遊求道を励ました奝然(ちょうねん)の母にも劣らぬ志、この母にしてこの子あり。 源信の母の返事のなかに見える多武峰の上人というのは、たぶん…

木魚歳時記 第3768話

彼が三条院太后の宮のおん八講に召された時、故郷の母を喜ばせようと思って、その時御下賜ののあった品を分けて大和に送った。喜ぶと思いきや、母は、「そちを元服もさせないでお山に上らせたのは、専心に学問修行して多武峰の上人のようにけ高くなり、母が…

木魚歳時記 第3767話

(三)源信は大和葛城郡の人で、幼少から叡山に上って慈慧僧正良源(じえそうじょうりょうげん)に従って学び、数ある弟子のなかで四傑の一人に数えられた程であったが、僧官を望まず栄位を避けて横川(よかわ)に閉居して、ひたすら著述に力を尽くし、『一…

木魚歳時記 第3766話

この勧学会同人の二著作は市の聖が庶民たちに働きかけたのと歩調を一つにするもので、上流社会に浄土欣求(ごんぐ)の心をめざめさせ、今まで加持祈祷(かじきとう)を旨としていた宗教界に真の宗教らしいものを植えつける重要な役割をしている。(佐藤春夫…

木魚歳時記 第3765話 

彼は寂心となるとすぐに、国史や諸人の別伝、また世上の見聞にもとづいて『日本往生極楽記』を書いた。あたかもほとんだ時を同じくして勧学会の一員であった僧恵心院源信(えしんいんげんしん)も『往生要集』三巻を著した。この書は経文から往生に関する部…

木魚歳時記 第3764話 

保胤(やすたね)はかねがね持っていた道心は市の聖の出現によって一層に高揚し、慧遠(えおん)の白蓮社(びゃくれんじゃ)にならって、天台の僧二十人、彼自身の仲間の書生二十人と相語らって勧学会(かんがくえ)を結成して、詩を論じ仏を談じて喜んだが…

木魚歳時記 第3763話 

慶滋保胤は当時、陰陽暦数(おんみょうれきすう)の権威として代々朝廷に重用されていた名門加茂忠行(かものただゆき)の次男である。父祖歴代の陰陽の業の迷信的愚劣を知って父祖の業をつがぬ罪を謝して姓を自ら慶滋の文字に改め、道真(みちざね)の孫菅…

木魚歳時記 第3762話 

一般の市民たちは上人が奇特を現してのち、初めて上人の真価を知るに至ったが、慶滋保胤(よししげのやすたね)のような心あるインテリは、上人の菩薩行に対しては夙(つと)に注目して、この一介の乞食僧に真の求道者を見、生きた仏教を識(し)って、これ…

木魚歳時記 第3761話 

そうして上人襤褸(ぼろ)をまとうて居られるのが決してシラミはたからないとか、どことやかの池で蛙を呑もうとしていた蛇を戒めると、蛇は蛙を吐き出したとか、上人に関してさまざまな伝説を伝えひろげはじめたものである。(佐藤春夫『極楽から来た』)455…

木魚歳時記 第3760話 

しかし天暦(てんりゃく)五年の六月から七月にかけて都に疱瘡(ほうそう)が流行して死者を多く出した際、例の乞食僧は高さ一丈の十一面観音を造って、これを祈り、ついに疫病を終熄(しゅうそく)させて以来、これは容易ならぬ聖(ひじり)さまであったと…

木魚歳時記 第3759話 

常に阿弥陀仏の名号を高らかにとなえ、鉦(かね)を打ちならし、また竹の杖で腰のひょうたんをたたきながら、歓喜の情を表わし雀躍(じゃくやく)して都大路(みやこおおじ)を横行するするさまは、風狂人のようにも見えたので、人々は初めただ怪しげな乞食…

木魚歳時記 第3758話 

若くから遊行を好んで、足跡五畿七道にあまねく、行く先々の道路や、橋梁、堂宇などを修復したり、水利を通じて井戸を掘り、野に捨てられた屍(しかばね)を一所に集めて焼くなどの公益事業に尽くしたといわれるが、何を感じてか、このごろ飄然(ひょうぜん…

木魚歳時記 第3757話 

(二)アミダひじりは自ら空也(くうや)といったほか、身の上は少しも明かさなかったが、名を光勝といって、醍醐天皇の第五皇子とも、また仁明(にんみょう)天皇第八皇子常康(つねやす)新王の王子ともいわれる。 この人は生来であったか、それとも疱瘡(…

木魚歳時記 第3756話 

しかし真の求道者が世に絶えたわけではない。 法然のころからは二百年ばかりさかのぼるが、将門(まさかど)の乱が都に伝えられて朝野が上を下への大騒ぎの最中のこと、身に粗末な黒衣をまとい、金剛草履(こんごうぞうり)に竹の杖の遊行僧(ゆぎょうそう)…

木魚歳時記 第3755話 

しかし出家を迎える山林も今は俗世間と何の変わりもなかった。門閥がものをいうから、関白の息子なら十五の少年でも少僧都(しょうそうず)になれる。武力がここでもはびこりはじめている。彼らの生活を見るに、出家といい遁世(とんせい)といいながらも、…

木魚歳時記 第3754話 

社会的混乱に日常生活は困難となり、精神生活は不安となる。 日常生活の困難と警察力の不備とは家柄が賤しくて立身の道を塞がれた自暴自棄の若者たちを駆って強盗の群れに入らしめた。精神生活の不安は、門閥なくして反省力のある優秀な青年たちを多く出家せ…

木魚歳時記 第3753話 

や紀綱がすべてゆるんだなかで、当時の社会の門閥尊重の制度ばかりは厳格に守られていた。従って頽廃した上層部が比較的健康な下層を支配する不合理を来した。 頽廃者が権力を握る社会が健全であろうはずがない。将門(まさかど)や純友(すみとも)の承平天…

木魚歳時記 第3752話 

決起は一挙であったが、由来するところは遠く深い。貴族社会は道長時代を頂点として追々と頽廃(たいはい)しはじめ、社会の上層部最高の貴族たる天皇家をも含めて秩序も風儀も次第にみだれていた。 この頽廃は地方荘園の生産力による消費生活のためである。…

木魚歳時記 第3751話 

もう少し下世話にいえば、あの乱は、隠居と本家との支配権の対立に、隠居の愛妾(あいしょう)と本家の若旦那とが争うなかに両家の番頭が飛び込んでかえって談合を困難にし、収拾のつかなくなったところで双方から両家の腕自慢の下男が出て腕力沙汰でけりを…

木魚歳時記 第3750話 

第九章 ひじりたち (一)保元の乱というのは、単純に見れば美福門院と待賢門院の亡霊との争いである。それに高陽院の進退によって派生した摂関家の不和が加わって事面倒になった。みな鳥羽天皇のおん色好みのいたすところである。 生きているだけに美福門院…

木魚歳時記 第3749話 

美福の四の宮支持は、この養い孫守仁の登極の日を期待したので、四の宮支持は実はその準備工作にしか過ぎぬ。だから四の宮雅仁新王が後白河天皇になると同時に、守仁を皇太子に立てた。それがまた新院を絶望させ、憤激させた。四の宮はまだ若い。そのうえ永…

木魚歳時記 第3748話 

歌えば地上の憤りも悲しみもみな歓喜と化して魂は天外に天駆ける。歌菩薩という菩薩もある道理である。彼は歌で成仏しようと修行しているので、決してただの道楽ではない。しかし歌うところが今様(いまよう)という当年の流行歌謡であるから人々がご身分に…

木魚歳時記 第3747話 

これが世間で四の宮を道楽者と評判する理由であるが、四の宮自身は決してただの道楽者とは思っていない。はじめ結縁灌頂(けちえんかんじょう)で敷き曼荼羅(まんだら)に花を投げたら、歌菩薩(ぼさつ)の上に落ちてそれが生涯の本尊仏となったのを喜び、…

木魚歳時記 第3746話 

ひとり居に閉じこめられていた時と同様に、毎晩歌いつづけた。鳥羽殿に在った時は五十日ばかり歌い明かし、同好集まって東三条で船に乗り、人々を召し集めて四十日あまり、毎晩日の出るまで徹夜で歌い明かした」はじめは師匠もなく友達などと歌っていたのが…

木魚歳時記 第3745話 

ところで問題の四の宮はおん母待賢門院に死別の安久元年には、まだ十八歳の少年であった、当時の回想をおん自ら記すところでは、「灯の消えた闇のなかにしょんぼりといるような心細さにしおれ切っているのを見て、中陰明けとともに崇徳院が新院と呼ばれて時…

木魚歳時記 第3744話 

しかも美福が四の宮の支持者になって俄然有力である。美福は生さぬ仲の皇子とはいえ、四の宮の見どころを見、また愛児を呪い殺した新院の直系よりは四の宮を推す。いや別にもっと理由もあった。新院がたとい躍起になり、世間がそれをどれほど支持しようとも…

木魚歳時記 第3743話 

(五)四の宮。法皇の第四皇子雅仁(まさひと)親王は待賢門院のお子、新院とは同腹の兄弟で、現に今も同棲している程の仲だから、この点は中立的候補で好都合である。これが法皇がうなずいたわけ。 ところが、四の宮は「文にも非ず、武にも非ず」賢愚を超越…

木魚歳時記 第3742話 

「み位のことはお上の御意一つ、奉答はお許しを」「いやそうではない。今は非常の場合、そちの言葉を大神宮のお告げとも聞こう。是非に思いのままをはばからずに申せ」と、退っ引きならぬ、勿体ない仰せにに忠通も今は辞退もならず、奉答した。「四の宮はい…

木魚歳時記 第3741話 

本院は忠実と頼長のとを新院の方人、近衛天皇の呪詛者と見て、今は彼らには一言の相談もなく、かえって彼らの裏をかいて専ら忠通を重んじて諮問した。事実、忠実と頼長とは新院の不満を察してこれの擁立を企て、敵忠通を陥れようとしたので、法皇のお眼は鋭…