木魚歳時記

画像・文章の転載はご遠慮下さい

木魚歳時記 第3464話

この芝生を通り過ぎて、ところどころに岩かどの現われ出ていたのが追々と岩の多く現われ積み重なった場所にさしかかって波旬の滝というのが秋空に水音高く鳴りひびかせていた。(佐藤春夫『極楽から来た』)166 ぎんなんの一つ転んでミイラ仏 「ボクの細道]…

木魚歳時記 第3463話

ここには樹木らしいものは何一つなく、あるのはただ、あちらこちらの低い灌木(かんぼく)の叢(しげみ)ばかり、一面の緑あせて黄ばんだ枯芝の行く先々にりんどう、ききよう、なでしこ、おみなえしがいたましくやせた茎にゆかしい花の色を見せていた。(佐…

木魚歳時記 第3462話

那岐(なぎ)の主峰は寺の支峰を南にめぐるだらだら坂をしばらく下り、西に出るとそのすその支峰と支峰との境目にある谷あいの細流が、水もせせらぎもさわやかであった。足もとの小岩を二つ三つ踏みしめて飛び渡ると、流れの前面一たいはひろびろと盛り上っ…

木魚歳時記 第3461話

更に一段と高く主峰に登って、童子の目を楽しませるかとか、彼自身をはじめ多くの若い学侶たちが夏中蓄積した精力を登高によって発散させようという念慮から出た企てであった。(佐藤春夫『極楽から来た』)163 おしまひのページめくりてやや寒し 「ボクの細…

木魚歳時記 第3460話

(四)九月半ば、秋晴れのさわやかにつづいた一日を、観覚は学侶一同にむかって、主峰の山頂へ登ってみようといいだした。 彼は童子がこのごろ、時々悄然(しょうぜん)としている姿をも、また好んで墓域の東側の樹下に眺望を楽しんで立っているのも知ってい…

木魚歳時記 第3459話

童子は彼の心を襲う何とも知れないものは、母を慕い亡き父をなつかしく一念で、やがて寄るべのないおのれの孤独感であるということを、この大きな風景を前にして弓削や稲岡の黄ばんだ田の面を刻々にうすれ行く夕日かげを見ているうちに追々と気づいた。(佐…

木魚歳時記 第3458話

津山盆地の西部山際にあるのだが、あいにくとあまりに近く山かげになってここからは見えないのか、それともあまりに遠く見えながら見定めにくいのか、西の方ははるかに母の家秦氏の氏神錦織神社の森とおぼしきものを黒く見つけはしたがそれもおぼつかない。…

木魚歳時記 第3457話

つるべ落としの秋の夕日ざしの間に童子が黄色な瞳をかがやかし見張ってあちらこちらさがし求めているのは倭文錦織(しどうにしごり)の母の家であった。それは稲岡の背後の山を縦に北へ超えた里で、(佐藤春夫『極楽から来た』)159 わき道にまがりたくなる…

木魚歳時記 第3456話

そうして近い山野の表をすべりかすめて雲の影が通りすぎる。この清明な天地のなかにさえ、時々わが心をかすめる何ものとも知れないないものがあるのを童子は見た。(佐藤春夫『極楽から来た』)158 月明に来て仙洞の客となる 「ボクの細道]好きな俳句(1206…

木魚歳時記 第3455話

山々のところどころが赤らみまたは黄ばんだ底に銀色にかがやく旭川の川すじや、空色の空よりももっと濃いものをたたえた瀬戸内の海光の一線があざやかに見られた。(佐藤春夫『極楽から来た』)157 仙洞の魚青ざめて旱雲 旱雲(ひでりぐも) 「ボクの細道]…

木魚歳時記 第3454話

秋ともなるとこの木立ちの下はまた格別によかった。 菩提樹の手のひらのような葉がひからびてかすかな音を立てて落ち散り、地を走り、いちょうの葉は黄ばみ、(佐藤春夫『極楽から来た』)156 片かげり唇ひらきたる骨董店 唇(くち) 「ボクの細道]好きな俳…

木魚歳時記 第3453話

朝霧が山なみのすそにひろがる盆地を埋めつくした時、それはさながら海面のようにただよい光り、山なみは島や岬と見誤られて、童子のまだ見も知らぬ海というものに似ているということであった。(佐藤春夫『極楽から来た』)156 虎猫も蠅虎も飼ふてゐる 蠅虎…

木魚歳時記 第3452話

東美作(みまさか)一帯を見おろして、脚下を縦横に走る山なみが美しく、明石定国(あかしのさだくに)が都から帰った当座は、好んでその山頂に立って笛を吹き暮らしていたと伝えられる笛吹き山の峰などが低く指呼(しこ)の間にあった。(佐藤春夫『極楽か…

木魚歳時記 第3451話

眼前に展開する大きな風景が楽しく、咲きはじめた菩提樹の花の香がなんともなくなつかしかったからである。 眺望はひとり津山盆地や岡山街道の山峡だけでなく、(佐藤春夫『極楽から来た』)154 大唐を出で天竺へ蟻の道 「ボクの細道]好きな俳句(1201) 小…

木魚歳時記 第3450話

童子はここに来た第一日に春の夕もやのなかに暮れなずむ風景に見とれて以来、何となくここが気に入って、あの広い墓域(ぼいき)の東側に立ち並ぶ菩提樹や、いちょう木立の間に出て来て、よく立った。(佐藤春夫『極楽から来た』)153 西方によき話あり蟻の…

木魚歳時記 第3449話

春が過ぎて夏が来るとともに山上の寺のありがたさはいよいよよくわかって来た。ここは父の家から稲岡やまた母の家の倭文(しどり)よりずっと清涼で、蚊やはえのようないやなものは一つだって住んでいなかった。ただ衆僧の読経の声に和して蝉も一日中経文(…

木魚歳時記 第3448話

それが血や肉のなかまでしみ込んで行くのを感じた。わけても師匠と朝の散歩など心身を日々、すこやかに育てているのを感じた。彼はここに居て健康なのである。そうして日々にもの心がつきはじめていた。(佐藤春夫『極楽から来た』)151 虹描きて手品師街を…

木魚歳時記 第3447話

(三)不意に心が日蝕(にっしょく)のようになる現象は、童子が山の上の寺に来てはじめて知ったところである。 しかし山の上の空気はすがすがしく甘かった。少年は少年はそのはつらつたる内臓にけがれのない山上の気を心ゆくまで吸い込んで、(佐藤春夫『極…

木魚歳時記 第3446話

師匠はこの弟子の学びぶりをつくづくと見て、孔子さまのものに似ているだけに、このでこぼこ頭の中味はなかなか充実していると頼もしがった、いまにここから円光が射すものとまでは知らなかったが。(佐藤春夫『極楽から来た』)149 剃刀の喉もとあたり鱧の…

木魚歳時記 第3445話

それは文字の論議ではなく、文字を媒介として分析や総合や推理などいろいろと文(もん)を立体的に考察する方法を少年の柔らかな頭脳にたたき込むのであった。この基礎的な訓練が後年どれほど役に立ったかは我々も今に見るときが来るであろう。(佐藤春夫『…

木魚歳時記 第3444話

師匠はこの小さな弟子のために仏典のほか経書をも読み授けて儒学の一端をも学ばせた。師匠はこの弟子に読書力を与えるに当たって解読には特別に小やかましく、一字半句のあいまいをも見逃がさなかった。(佐藤春夫『極楽から来た』)147 をんどりの鳴きてひ…

木魚歳時記 第3443話

「さかしいようでも、やっぱり童子は童子だな」 と、心中にささやいた。(佐藤春夫『極楽から来た』)146 天の川さてさて登る梯子ない 「ボクの細道]好きな俳句(1193) 辻 桃子さん。「雪の夜の絵巻の先をせかせたる」(桃子)「絵巻」とは、枕絵(アダル…

木魚歳時記 第3442話

と、観覚は少年の好奇に満ちた探究心をいささか持て余した様子であった。それでも師匠なら何でも知っているものと思い込んでいるらしいひたむきな信頼を可憐として顔をほころばせて、(佐藤春夫『極楽から来た』)145 始まりも終りもなくて流星 「ボクの細道…

木魚歳時記 第3441話

「何かと思えば木の名か、わしはまだ木の名までは十分ににはおぼえておかなかったが、あれは伯州(はくしゅう)の大山(だいせん)などのような高い山にだけあるもののようだ。ほかにもそんな類(たぐい)の木はいろいろあるらしい。今度誰か山の衆に聞いて…

木魚歳時記 第3440話

「お師匠さま」 と不意に、黄色な瞳をかがやかしてあたりを見まわしていた童子に呼びかけられて師匠がふりかえると、童子は高くこずえを指さして、「あの木は何でしょうか」(佐藤春夫『極楽から来た』)143 六月は酸味の効いたライム酒 「ボクの細道]好き…

木魚歳時記 第3439話

市のひじりというのは町や村を歩きまわって仏の道をひろめる上人のことだ。これは立派なこしや車に乗る僧正よりも尊いものだ。天子さまのお子で、市の聖にならっしゃったお方もござるのだ」と、話はどこまでも師匠の言葉であった。(佐藤春夫『極楽から来た…

木魚歳時記 第3438話

「こうしてそなたの足をきたえさせておくのだ。わしはそなたを立派な輿(こし)や車に乗る高僧にならせたいとは思っていない。わらじがけてひとり野山や村里をどこまでも思いのままに歩きまわる市(いち)の聖(ひじり)にしたいのだ。(佐藤春夫『極楽から…

木魚歳時記 第3437話

採ったものを童子に持たせ従えて一しょに散歩することが時々あった。童子もそれを喜びたのしみにしている様子に見えた。それにしてもその時でさえ、観覚は何らなつかしげなことを語り出すでもなく、(佐藤春夫『極楽から来た』)140 仏塔の口ひらきたる花の…

木魚歳時記 第3436話

ただ学僧たち一同で朝の看経(かんきん)が終わったのち、仏前に供える花を絶えず新たに咲かわる野に求めるに当って、特にこの最も年少の弟子を誘い伴って、露もまだ干ぬ山野を歩きまわって、花の選び方を教え、(佐藤春夫『極楽から来た』)139 大仏も身を…

木魚歳時記 第3435話

観覚は心のつめたい人ではなくて、父を失ったこの童子に対しては父ほどの温情を心の底に深く蔵しながら、それよりはこれをこそ本当の愛情と信じて、専ら師匠の厳しさでこの童子に対した。観覚はもと唯識系の学者で、こういう理性的な人であった。(佐藤春夫…